酒井隆史『通天閣』(青土社 2011年)を読む。やたら大部で734ページもあるので、部分的に拾い読む。
あまり通史的に書かれたものではない。いわばカルチュラル・スタディーズの地域社会史だろうか。
いわゆる大戦前の話がメインなので、あまり食指は動かないのだが、ジャンジャン横丁(ジャンジャン町)の話なども興味深いのだが、ちょっと文学的すぎる。
第五回国内勧業博覧会についての話なども『無縁声声―日本資本主義残酷史』(平井正治 藤原書店 1997年)比較して読むとおもしろいかも。たぶん引用されているんじゃないか。
釜ヶ崎については1920年代には「黄金時代」が形成されていて、警察権力が及ばない独自の社会があったという。1916年に大阪府から飛田の遊郭設置指定がなされたという。
飛田については地域史的記述が多いので、いまいち乗れないが、類書が出されそうなのでそちらを期待してみよう。
大島渚の『太陽の墓場』や田中登『マル秘 メス市場』についての釜ヶ崎・通天閣周辺の空間を読み解く論述はやや難解ではないか。
ここに参照されている映画を鑑賞してのち、再読してみよう。
中古CDショップにいったら再発売・初CD化のシリーズのリーフレットが置いてあった。
注目なのはフルート奏者ジェレミー・スタイグやジャズロック=フュージョン系の作品だ。
特にオーストラリア出身のピアニストがリーダーのフォースウェイの2枚とバイオリン奏者のジャンリュック・ポンティのものが貴重。
フォースウェイのものはLPでもあまり出回らなかった、マイナーなものだと思う。
3枚くらい買おうか。
ごく最近見た夢があるのだが、そこに父親がでてきて楽しくボール遊びをしていた。ちょっと驚きだ。父親は30年くらい前に亡くなっていて、それ以降は父がでてくる夢ってそんなに見ていないと思う。何年ぶりか…。
芝生がきれいなところで、けまりみたいな浮き球を相互にけりっこしていた。えらく楽しそうだった。
ここ数日間やたら寒い。昨日も買い物で外にでたが、寒いのだがなんだか体が締まっている感覚があり、それはそれで快感だった。まあ寒いのももう少し続くだろうから、慣れるしかないだろう。それにしても天気だけは晴れてほしい。
2012年。故郷で例年どおり向かえたが、今年は放射能の脅威があり、心中おだかやではない。昔の友人と会っあったが、現在は親の介護で仕事はしていないという。シビアな話ばかり聞かされたが、それでも久しぶりに会って楽しかった。
『中国朝鮮族を生きる ―旧満州の記憶』(戸田郁子 岩波書店 2011年)に金中建(キム チュン ゴン)という抗日独立の運動家のことが載っていた。金笑夾(キム ソレ)という雅号がある。
金笑夾(キム ソレ 1889-1933 )は教育者、哲学者で、独創的な思想を展開したらしい。
「社会は葛藤と矛盾の軋轢の現状から、じき小共和体制に移り、やがて大共和、無国へと発展していく。これはアナーキズムとは異なり、政治的には世界一国、道徳的は(ママ)世界唯一の正道大法を学び、経済的には世界共働、世界皆農を行うことである(以下略)」(『中国朝鮮族を生きる』149頁)
また、理想村の建設・運営を当時の満州地域でおこなった、という。
ハルビン市内に金笑夾の娘が生存していて、上記の本にはその写真が掲載されている。
横浜の球団売却が落着しそうである。
しかしTBSがなぜ球団を購入したのか不思議である。というのも普通は球団を所有することによって社会的ステータスをあげたり、認知させたるする動機があるのだが、TBSという放送局自体がメジャーであり、たとえて言えば、松下(パナソニックだが…)電気が、バレーボールのチームを応援したり、ソフトボールのチームを設立したりするようなものである(と書いて、あまり当てはまるものではないなと認識した…)。
そもそもTBSという許認可事業である放送局が、いちスポーツチームを所有することがフェアなのかどうか、という公平性に抵触するような問題も孕んでいる。アメリカではそのようなことは許されていない筈だ。建前的にいえば公平性を保つべきメディア事業者が、スポーツチームを所有することは、あまりにえこひいきが予想されて弊害が多すぎる(それについては読売のジャイアンツやヴェルディで実証済みな筈なのだが、それが教訓化されていない)。
結局はプロ野球チームというあり方が、このような問題を放置しつつ、企業の宣伝媒体としての球団が存続していていいのか、という疑問もあるし、球団自体がそのような存在であるということをあらためて認識されたのである。
『レンタル・チャイルド』(石井光太 新潮社 2010年)を読む。
この著者の本はいくつか読んでいるが、これまでのなかで私にとっては、いちばん濃密な作品だ。つらい描写が多い。
舞台はインド・ムンバイ。街中に物乞いをする子どもたち。いわゆるストリートチルドレンだが、目がつぶれたり、手が欠損していたりしている子どもがいる。
また、女たちが幼児を抱い物乞いをしていたりするが、不自然に女性の年齢が高かったりする。これは幼児を抱いていると人々の憐憫を誘い、喜捨が増えるために小道具のオプションとして幼児が重要なのである。
そのようにインドの街には子どもたちがあふれているのだ。
インドの路上に生まれた子どもたちが、はじめは人々の同情を買う道具として女乞食にレンタルされ、成長するにつれて目や足をマフィアから切られたり(自らおこなうこともあるという)、火傷や怪我をさせられ物乞いとなる。そしてマフィアたちの取立ては苛酷で厳しい。
10代以上になると人々の同情が得にくくなる。すると、それまでの組織の使い走りになるか、自分たちが青年マフィアとして,乞食から金員を奪ったり,女乞食やヒジュラ(おかま)を強姦したりするようになる。そして病気治療の処方箋を集めたり、死体を調達して火葬代を名目に物乞いをする非道的な乞食となりはてる。
ノンフィクションなのだが、やや不自然な部分がある。とくに最終章で、ラジャという乞食と遭遇するところで、駅の周囲を観察すれば子どもの写真や病気の処方箋をかざして喜捨を求める乞食がいたはずで、文中に謎のように描かれる、写真撮影をおこなう男や処方箋の用紙の採集など行為の疑問は起きなかったと思う。また死体を利用した物乞い自体も、このときに初めて出現したのではなく、以前からあったのではないか? 著者が知らなかっただけではないのか? スラムやストリートチルドレン、物乞いなどの実態を知っている人間はインド人であれば、複数いたはずだが、そのあたりのについてまったく登場していない。本の内容は面白いのだけに、そのあたり作為的な部分も感じたのが残念だ。
昨日新宿で友人数人と飲む。
やたら混んでいた。花園神社の酉の市の関係なのか?
ともかく、土曜日であれだけ混んでいたのは久しぶり、久しぶりといえばナルシスに行ってジャズを聴きつつ酒を飲んだ。
至福のときです。
東京大学東洋文化研究所「世紀交替期中国における文化転形」研究班共催講演会
Posted 2011, 12月 17 - 00:00 by asnet
東京大学東洋文化研究所
「世紀交替期中国における文化転形」研究班共催講演会
中国社会文化学会2011年度12月例会として、以下の講演会を開催されます。
参加ご希望の方は下記連絡先までご連絡をお願い致します。
※東洋文化研究所による案内のページ
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/news.php?id=TueOct111507212011日時:2011年 12月17日(土)14:00-17:00、公開、無料、通訳つき
会場:東京大学 駒場キャンパス 「21KOMCEE レクチャーホール」←会場が変更になりましたのでご注意下さい。
http://www.komcee.c.u-tokyo.ac.jp/access
講演:汪暉先生「中国の直面する問題――国家と民主の概念を再考する」
連携講演:柄谷行人先生「<世界史の構造>における中国」
共催:科研費 基盤研究(B)「世紀交替期中国の文化転形に関する言説分析的研究」
(代表:砂山幸雄 21320025)
【開催趣旨】
この間の中国の経済的成功により、中国の台頭は国際環境においてあらゆる問題に関係してきています。何がその成功をもたらしたのかという議論が盛んになされている一方、また、その成功がもたらした負の面についても多くの観察と議論がなされています。中国国内においては、その成功に自信を持って、欧米基準から脱却して中国基準を打ち立てようという気風も強くなってきています。しかしながら、問題はそう簡単にいかないことは日本の経験からも明白です。
汪暉氏(清華大学人文学院教授)は、1990年代から輿論を革新する意欲的で独創的な論考を継続的に発表し、中国の言論界で有数の存在となっている方です。欧米の理論を充分に消化したうえで、中国の経験をもとに、独自の社会理論を構築しようと努力しておられますが、今回はその思考の先端をお聞きしたいと計画しました。
【汪暉先生紹介】
清華大学人文学院教授。日本語に翻訳された著書に『近代中国思想の生成』岩波書店2011.4、『世界史のなかの中国』青土社 2011.2、『思想空間としての現代中国』岩波書店 2006.8 がある。
1997年に『中国現代思想 グローバル化のなかの中国の自己変革をめざして』(翻訳は『思想空間としての現代中国』所収)という論文を発表して、その後の言論界を二分する大論争を引き起こしたが、現在までその議論対立は形を変えて残っていて、いわゆる「新左派」の指導的論客として目されている。
【連絡先】
東京大学東洋文化研究所 尾崎文昭
E-mail: ozaki[at]ioc.u-tokyo.ac.jp
※会場に変更があるかもしれませんので、
ご参加希望の方は、尾崎までメールで御連絡をくださいますよう願いあげます。
随時ご通知申し上げます。
友人から筑前煮をもらう。なんでも食材が安かったので購入してしまい賞味期限ということも考えて煮物にしたとのこと。甘すぎるかもしれない、といわれて食べたが、確かにその傾向はあるが、そういうものだとも思う。七味を加えていただいた。こんにゃく、レンコンが美味だった。