山田 昭次さんの話を聞きに行く(下がそれです)。
たまたま隣の建物(新宿消費生活センター)で会場を閉めようとしている老年にさしかかった職員らしき男性に場所を聞くと、怪訝な顔で「隣だ!わからんんか」という感じの対応をされてしまった。
別に笑顔で接してほしいとは思わないが、不快にさせるような感じはやめてもらいたい。ていねいに教えてくれるだけでいいのだ。
むかついたが、別にケンカしてもしょうがないので、「教えてくれてありがとう」とでかい声でこれみよがしにお礼をいった(それでもぶ然とした顔でしたが……)・
連続ゼミナール
戦時動員(強制連行)された朝鮮人とその遺族にとっての戦後
山田 昭次さん(元立教大学教員)
2005年4月14日(木) 午後6時30分〜8時30分
場所: 新宿リサイクル活動センター 4階会議室
(電話:03-5330-5374 高田馬場駅西側 徒歩3分)
資料代: 一般500円 会員・学生:300円
日中戦争・太平洋戦争の時期に朝鮮人男性は労働者・軍人・軍属として、女性は労働者や軍「慰安婦」として動員された。戦争が終わっても、彼ら、彼女らの苦難は終わらなかった。彼ら、彼女らに対する未払いの賃金や諸手当は、日本国家によって供託という形で実質的に没収された。1965年に日韓条約が成立したが、戦時動員された労働者・軍人・軍属に対する補償は1945年8月15日以前に死亡した者に限って僅か30万ウォン(約19万円)だった。動員された病人や負傷者となった者に対しては何らの補償もなかった。被害者たちは1990年代に入って日本の国家と企業に対して謝罪と補償を求めて次々と提訴したが、そのほとんどが敗訴に終わっている。そして動員された肉親がいつ、どこで死亡したのか、戦後半世紀以上もたつ現在もわからない遺族が少なくない。日本が植民地支配責任・戦争責任にかかわるこれらの問題の解決を放置し、日本に対して積もり積もっている不信の念をそのままにして置くならば、朝鮮民主主義人民共和国の日本人拉致問題の解決は進展しないだろう。
問い合わせ 日本の戦争責任資料センター