色川武大の『懐かしい芸人たち』(新潮文庫)に、左卜全のことが書いてあって「本当の奇人」とあったのが記憶に残っている。なんでも老師という神道のあやしげな宗教者に収入のほとんどを注ぎ込んでいる、とか、足の病気があり松葉杖を使っていたが、バスに乗り遅れそうになるとその杖を小脇に抱えて走り出し、人を追い抜いていった、など伝説が多い。
たまたま卜全の妻が書いている伝記『奇人でけっこう―夫・左卜全―』(三ヶ島糸 文化出版局 1977年)という本をみつけて読んでいるが、やはりかなり風変わりな人生だ。「本当は孤独な瞑想家」だと書いてあり、確かに仙人然とした風貌だが、苦悩も併せ持っているようだ。精神的な疾患に悩まされて続けていたとある。
子どもの頃から夕焼けの美しさにじっと見とれて何も手につかなかったりして、それを他人から頭がおかしい、と云われていて、本人は「精神の高貴なことを理解されない」と嘆いていたらしい。足の悪いことを「役者が『病気そうだ、気の毒に』と同情されたら終わりだ」と語って、あえて仮病伝説を否定しなかったという。
老師という宗教者についても、精神的導師ながら「腸が煮えくり返る」ほど憎んでもいたらしい。収入のほとんどを貢いで、なおかつ老師の家に寄宿して教えを受け、身の回りの世話や命じられるがままに労働をしていたという、まったく奇妙な生涯だ。
彼が結婚したのも、その老師が亡くなって自由になったためだという。
黒澤明監督の映画でひょうひょうとした老人役の演技をみることができるが、確かに尋常ではないムードがある。
また76歳にして「老人と子どものポルカ」というレコードを吹き込み大ヒットさせた。
まったくナンセンスな唄で、特に意味は認められないが、いっぽうでこの曲が発表された当時の新左翼の内ゲバを風刺したものだ、といううがった見方もある。ともあれ波乱の時代を反映した曲であることは間違いない。
確かに歌詞には「やめてけれ、ゲバ、ゲバ」という部分がある。ただ最後の部分に「神さま、助けてパパーヤ」というのは左卜全向きかもしれない。じっさいこの唄に左卜全の不思議な持ち味がマッチして、この唄がヒットしたのではないか。
老人と子供のポルカ - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=LZZk0tP49H8